人の喜ぶ姿見て、喜び得られる人となれ①
皆さん おはようございます! 不妊相談ひとすじ25年 宮崎市の漢方相談薬局・漢方の麗明堂、一般社団法人認定の子宝カウンセラー 薬剤師の金丸です。
「自分の人生をどう生きるのか?どう生きたいのか?」を真剣に、心底考えて日々生きている人は、どのくらいいらっしゃるのでしょうか?
そんなに多くないように思います。
そのような気持ちで毎日を過ごしている人がいるとしたら、その人は、もしかしたら生きている期間があと少ししかないと悟った時かもしれません。私もそうですが、人はお尻に火が付かないと、なかなか真剣にはならないのかもしれませんね。
今日からご紹介します綾部先生は、まさにこのことをそのまま実践された方で、宮崎県が誇る先生のおひとりです。
人は必ず寿命が来て、いのちの灯(ともしび)の消える日が訪れます。これは、間違いのない事実です。ですから、この事実を受け止め、いただいた時間をどのように過ごすのか?に気付いて、真剣に、本気になるときに、真のいのちが輝くのではないか・・・ とそのように感じています。
綾部先生のお話「人の喜ぶ姿見て、喜び得られる人となれ」を、どうぞお読みくださいませ。
綾部正哉さん 椎葉綾心塾(しいばりょうしんじゅく)塾長
昭和16年、満州国三江省佳木斯市生まれ。宮崎大学卒業後、宮崎県の公立学校の教諭として24年間勤務。教育行政職を経て、定年退職後は宮崎大学教育学部の客員教授を務める傍ら、椎葉村で私塾「綾心塾」を開設。
定年直後の余命宣告
記者―悩める教職員の集いの場として私塾を主宰する傍ら、全国各地を講演して回るなど、年齢を感じさせないご活躍ぶりですね。
綾部さん―七十九歳を迎えた今、私に残された命がどれほどあるのかは、わかりません。神仏のみぞ知るです。六十歳で定年を迎えるとき、医者から「綾部さん、言いづらいけれどガンです。あと三年です!」と宣告されました。そのとき、こう考えたんです。「神仏は、私にあと三年を残してくれた。ならば、その三年をどれほど人の為に生きることができるかに情熱を傾けてみよう」と。
宣告から二十年が経とうとしていますが、このとおりピンピンしています。父と母がくれたこの身体に宿る免疫力を信じて、手術はもちろん、抗がん剤も放射線治療も一切受けずにここまで来ました。「どうして綾部さんはガンに負けずに生きていられるのか」周りからは、そう尋ねられます。
定年を迎えた後、私は住み慣れた家を離れ、日本三大秘境の一つに数えられる、宮崎県椎葉村に移り住みました。縁もゆかりもない山奥の土地に、六十を過ぎてから根をおろし、たった独りで生活を始めるわけです。「乗り込んだ」と言ったほうが、感覚的には近いのかもしれません。椎葉村は九州山地のほぼ中央にあり、総面積の96%が山林です。水は湧き水だし、空気もいい。この環境がいい薬になっているのかもしれませんが、それだけではありません。私が何よりの‟特効薬”だと思っているものがあります。
私は椎葉に住み始めてから今日まで、毎日欠かさずにやっていることがあります。朝、目がさめると布団の上に正座をし、ガンに向かってこう語りかけるのです。「おい、ガン!俺が死んだら、お前も死ぬぞ。お前が死にたくなければ、俺を生かしておけ!」と、(笑)。
これは笑い話ですけれどね。世のため、人のためにどう生きるかを真剣に考えるほど、そのエネルギーが酸素のように心の炎を燃やし続けます。神仏が‟命”をまだ私に与えてくださなら、お呼びがかかるまでは、生きて生きて生きて生き抜いて、燃え続けたいと思っています。
≪続きはまた次回に…≫
心の生涯学習誌れいろう5月号より
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