いのちは輝く②
皆さん おはようございます! 不妊相談ひとすじ25年 宮崎市の漢方相談薬局・漢方の麗明堂、一般社団法人認定の子宝カウンセラー 薬剤師の金丸です。
松永正訓先生の講演された「いのちは輝く」の2話目です。
障害をもって生まれたお子さんのご両親と松永先生のお気持ちが書かれてあります。ぜひ、お読みくださいませ。
小児外科医 松永クリニック院長
松永正訓さん(まつながただし)
1961年東京都生まれ。1987年千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。日本小児外科学会・会長特別表彰など受賞歴多数。2006年より松永クリニック小児科・小児外科院長。2013年『運命の子トリソミー短命というさっだめの男の子を授かった家族の物語』で第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『小児がん外科医 君たちが教えてくれたこと』(中公文庫)『呼吸器の子』(現代書館)『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)などがある。
障がい児を受容すること
私は朝陽君の自宅に、週2,3回家庭訪問を繰り返しました。朝陽君のケアは自宅に酸素供給装置、吸引機、外出時の携帯用のものもあり、祖父母の協力と訪問看護があり、ショートステイも利用していました。朝陽君は嚥下ができないので、昼も夜も吸引が必要です。お父さんも昼はされますが、お母さんは夜も1時間おきに痰を吸引しないと朝陽君が呼吸困難になってしまう。「大変ではないですか?」と聞くと「慣れています」と言われ、“母は強し”と思いました。
ご両親は、朝陽君の口唇口蓋裂も全然気にせず、抱っこして外出されます。お祖母ちゃんは「朝陽は、あの夫婦の下に生まれて幸せ者だ!」と言われ、家族皆でケアされています。そんな中、お母さんは「短命と定まっている子を授かって、私たちはどういう形の幸せを手にすることができるのか?」と問いかけてこられました。重い障がいを持つ子を授かる意味は何か?私も分からないので「一緒に考えましょう」と言いながら家庭訪問を続けました。
ゴーシェ病という難病である凌雅君は、人工呼吸器に繋がれ、自宅で 寝たきりの重症で、今15歳です。凌雅君は生後2か月から首をそらし、ミルクを飲めなくなりました。そこで、大きな病院を受診して眼科・神経科で原因はわからず、代謝科に行ったところ、人間の体内の細胞レベルの代謝異常と診断されました。
この病気は日本に20例しかありません。ご両親がネットで調べると、余命2歳とあり、大変ショックを受けられます。医師に尋ねても結果は同じでした。では、凌雅君は何のために生まれてきたのか・早く死ぬために生まれてきたのか。生後6か月ですので、命はあと1年半です。我が子が障がい児であることは受け入れられるけれど、短命であることを受け入れられない、とお母さんは言いました。凌雅君は生後9か月で喉頭けいれんを起こし、病院で酸素投与と緊急気管切開を受けました。その後家に帰りますが、家にこもらずにバギーでときどき散歩していました。気管切開をして気道は確保されましたが、呼吸をだんだんしなくなり1歳6か月で人工呼吸器が装着されました。
ご両親は、病院で一生過ごすのか、人工呼吸器を持って家に帰るのか選択を迫られました。お母さんは2カ月で人工呼吸器、心臓マッサージ、気管カニューレの方法を習得し、凌雅君は家に帰ることができました。医師からは5歳までの命を言われました。両親は奇跡を信じて、腕を動かし、お座りやハイハイをやらせましたが、何の効果もありません。そして、骨髄移植という選択肢があると聞いて白血球の型が一致したお姉ちゃんからの骨髄移植を検討します。しかし、骨髄移植をすれば酵素補充はやめられるかもしれないが、2歳の段階で脳は障害を受けているので元に戻ることはないと分かり、一縷(いちる)の望みも絶たれてしまうのです。
≪続きはまた次回…≫
生命尊重ニュース11月号より
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