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これまでに205 のコラムを連載しています(2001年7月から連載開始)

2005年
2005年6月のコラム
 大関在位50場所という歴史に残る昭和の名大関「貴ノ花(二子山親方)」が、先月お亡くなりになりました。私が小学生時代に大相撲を見ながらいつも応援していた力士でしたので、先日の訃報を聞いたときには、本当に残念でなりませんでした。細身の体で一生懸命大きな力士に立ち向かっていく勇敢な姿は、30年経った今でもしっかりと私の目に焼き付いています。

 貴ノ花は、実は大関になって3場所目に相手力士とぶつかった時に、背骨がゆがんで神経がはみ出るような大きなケガをして、医師から引退勧告を受けた事がありました。今から横綱を目指そうか…という時期でしたので、ショックが相当大きかったようですが、そんな時小児白血病で入院している9歳の女の子のお母さんからこんな手紙をもらったそうです。

「うちの子が世界中で一番好きなのが貴ノ花さんです。あなたが勝った時にはうちの子の症状が良くなり、負けた時には本当に悪くなるのです。うちの子が先日、貴ノ花がケガをしてダメになってしまうと聞いたとたん落ち込んでしまい、本当に体の調子が悪くなってしまいました。腹痛、熱、血尿そんな中での歩行訓練も、うちの子は決して弱音を吐くことはありませんでした。親の私でさえ見上げるほどでした。歩こう!歩きたい!この目で貴ノ花関の相撲を見に行きたい。この手で握手をしたい。そして夜には『貴ノ花さん頑張ってください!!』とお祈りしてから床につく娘の希望を必ず叶えてやって下さい。どうか、また元気な姿を土俵で見せて下さい。」その手紙は万年筆で書いた文字の所々に、お母さんの涙で滲んだ跡があったそうです。

 そしてその手紙を読んだ後、貴ノ花は気を取り直して見事に復活し、横綱にはなれませんでしたが、歴史に名を残す“名大関”になったそうです。軽量で脊椎に損傷がありながら大きな力士にも逃げずに真正面からぶち当たっていく...だから貴ノ花の相撲はみんなを魅了し、感動させたのでしょう。そんな優しい貴ノ花。本当にお疲れ様でした。あなたの真っすぐで決して最後まであきらめない姿勢を私はいつまでも見習いたいと思っています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 
今月のコラムはここまで


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