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これまでに205 のコラムを連載しています(2001年7月から連載開始)

2011年
2011年6月のコラム②
 ある日1日の仕事を終えた坂本さんが事務所で休んでいると1台のトラックが食肉加工センターの門をくぐって来ました。荷台には明日殺される予定の牛が積まれていました。坂本さんが「明日の牛ばいね」と思っていると、助手席から10才くらいの女の子が飛び降りて来ました。「危なかねぇ」と思って見ていましたが、しばらくたっても降りて来ないので心配になってトラックに近付いてみました。すると女の子が牛に話しかけている声が聞こえてきました。「みいちゃん、ごめんね、みいちゃん、ごめんね、みいちゃんが肉にならんとお正月が来んてじいちゃんが言わすけん、みいちゃんば売らんととみんなが暮らせんけん、ごめんね、みいちゃん、ごめんね」そう言いながら一生懸命に牛の原をさすっていました。坂本さんは見なきゃ良かったと思いました。トラックの運転席から女の子のおじいちゃんが降りて来て坂本さんに頭を下げました。「坂本さん、みいちゃんはこの子と一緒に育ちました。やけん、ずっと家に置いておくつもりでした。ばってん、みいちゃんば売らんと、この子にお年玉もクリスマスプレゼントも買ってやれんとです。明日はどうぞ宜しくお願いします」坂本さんはまた「この仕事は辞めよう、もう出来ん」と思いました。そして思い付いたのは明日の仕事を休む事でした。
 坂本さんは家に帰り、みいゃんと女の子の事をしのぶ君の話しました。「お父さんはみいちゃんを殺す事は出来んけん、明日は仕事を休もうと思っとる」そう言うとしのぶ君は「ふぅーん」と言ってしばらく黙った後テレビに目を移しました。その夜いつもの様にとか本さんはしのぷ君と一緒にお風呂に入りました。しのぶ君は坂本さんの背中を流しながら言いました。「お父さん、やっぱりお父さんがしてやった方がよかよ、心の無か人がしたら牛が苦しむけん、お父さんがしてやんなっせ」坂本さんは黙って聞いていましたが、それでも決心は変わりませんでした。朝、坂本さんはしのぶ君が小学校に出掛けるのを待っていました。「行って來るけん」元気な声と扉を開ける音がしました。その直後玄関がまた開いて「お父さん、今日は行かなよ、分かった?」しのぶ君が叫んでいます。坂本さんは思わず「おぉ、分かった」と答えてしまいました。その声を聞くと、しのぶ君は「行って来ます」走って学校へ向かいました。「あーぁ、子供と約束したけん、行かなね」とお母さんに。
 坂本さんはしぶい顔をしながら仕事へと出掛けました。会社に着いても気が重くて仕方ありませんでした。少しは約着いたので、みいちゃんをそっと見に行きました。牛舎に入ると、みいちゃんと、他の牛がする様に角を下げて坂本さんを威嚇するとまなポーズをとりました。坂本さんは迷いましたが、そっと手を出すと最初は威嚇していたみいちゃんも次第に坂本さんの手をクンクンとかぐ様になりました。坂本さんが「みいちゃん、ごめんよ、みいちゃんが肉にならんとみんなが困るけん、ごめんよ」と言うと、みいちゃんは坂本さんに首をこすり付けてきました。それから、坂本さんは女の子がしていた様に、腹をさすりながら「みいちゃん、じっとしとけよ、動いたら急所を外すけん、そしたら余計苦しかけん、じっとしとけよ」と言い聞かせました。
 牛を殺し、解体するその時がきました。坂本さんが「じっとしとけよ、みいちん、じっとしとけよ」と言うと、みいちゃんはちょっとも動きませんでした。その時、みいちゃんの大きな目から涙がこぼれおちてきました。坂本さんは、牛か泣くのを初めて見ました。そして、坂本さんがピストルのような道具を頭にあてると、みいちゃんは崩れる様に倒れ、少しも動く事はありませんでした。普通は牛が何かを察して頭を振るので、急所から少しずれる事がよくあり、倒れた後に大暴れするそうです。
 後日、おじいちゃんが食肉加工センターへやってきて、しみじみと言いました。「坂本さん、ありがとうございました。昨日、あの肉は少しもらって帰って、みんなで食べました。孫は、泣いて食べませんでしたが、みいちゃんのお陰でみんなが暮らせるとぞ、食べてやれ。みいちゃんに、ありがとうと言うて食べてやらな、みちゃんがかわいそかろう。食べてやんなさい。て言ったら、孫が泣きながら、みいちゃんいただきます。おいしかぁ、おいしか。って言うて、食べました。ありがとうございました」
坂本さんは、もう少しこの仕事を続けようと思いました。

 
今月のコラムはここまで


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