心は天につながっている③ 金澤泰子さん

 皆さん こんばんは! 不妊相談ひとすじ20年 宮崎市の漢方相談薬局・漢方の麗明堂、一般社団法人認定の子宝カウンセラー 薬剤師の金丸です。

 今日は、朝から宮崎県高千穂町での6人殺害の新聞記事を見てびっくりしました。

宮崎県にお住いの方は、きっと私と同じ思いだったことと思いますが…

高千穂町は、神話のふるさとで日本神話発祥の史跡や神社がたくさんあって、その高千穂に住む方々はみな穏やかで純朴で素直で優しく、本当にいい方ばかりなのです。ですから、

「あの、のどかな高千穂で!まさか・・・」

とそんな第一声を発していました。

 まだ、事件について詳しいことは私にもわかりませんが、このような悲しい事件が起きないことを切に願っています。

 

 さて、今日は書道家 金澤翔子さんのお母様 金澤泰子さんのお話の最終話をご紹介させていただきます。

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金澤 泰子さん
(かなざわ やすこ)

1943年生まれ
1964年 短歌・馬場あき子に師事
1965年 明治大学卒業
1977年 書道「学書院」に入会・柳田泰雲に師事
1985年 6月 翔子さん誕生
1990年 東京に書道教室開設

【筆者の著書】
『愛にはじまる』(ビジネス社 2006年)
『天使の正体』(かまくら春秋社 2008年)
『天使がこの世に降り立てば』(かまくら春秋社 2010年)
『魂の書』(清流出版 2011年)
『翔子』(角川マガジン 2012年)

●「風神雷神」の奇跡

 その中で、ふっと思い出したのです。主人が亡くなる前に「翔子は書が上手いから、20歳になったら個展を開催して、皆さんに翔子をお披露目しよう」と言っていたのです。一回だけ個展を開催してあげようと18歳から翔子に大きな字を教え、20点の作品を作り、「銀座画廊」で個展を開くことになりました。

 障がい者が個展をやるということでメディアに取り上げられ、画廊に入りきれないほど多くの方が来て下さいました。翔子の書を見られた多くの方が涙を流され、「優しさをもらった」「元気をもらった」と言われたり「自分は死のうと思っていたが、翔子さんの書を見て、もう一度生きようと思った」というお手紙もいただいたりしました。個展に来られたお寺や美術館の方が「うちで個展をやりませんか」と言って下さり、13年間で約350回開催しています。

 翔子の作品は、京都の延暦寺、建仁寺、奈良の東大寺、中尊寺、薬師寺、鎌倉の建長寺、円覚寺、神社では伊勢神宮、春日大社、大神神社、熊野大社など、普通の書家ではできないような奉納をたくさんさせて頂いています。「風神雷神」の書を奉納した時、誰もが驚いたのは、翔子が見たこともない俵屋宗達の『風神雷神図屏風』と全く同じ構図だったことです。これは〝書の神様″が降りたのだと思いました。その後、奇跡的な経緯を経て、京都の建仁寺に宗達の絵と10年間も並んで展示されています。また、はじめての個展で『無』という書を書かせたのですが、それが1400年前の欧陽詢の書と全く同じ構図になったのです。これは翔子が汚れていない世界に通じているからだと思います。

 東京の味の素スタジアムでの国体の開会式では、5m四方の紙に『夢』と書くことになりました。翔子には全部見渡せないほどの大きさで20kgの重さの筆を持たせないと書けません。

墨を付けると筆はさらに重く背丈よりも高い長さになり、誰もが「翔子ちゃんには無理」と言いました。翔子は切羽詰まった時も暗示をかければやれるので、翔子は「やります」と宣言して挑戦することになりました。リハーサルの時、私達なら大きな紙に印や折り目を付けますが、翔子はそれもせず、大きな筆で3分以内にぴったり収めて書き終えました。

 天皇・皇后両陛下と4万人の観客の前で、臆することなく堂々と書き上げたのです。その時のことを天皇陛下が御製にお詠みくださったので、その御製を翔子が書に書かせて頂き、東京の調布公園に石碑になって立っています。

●世界に羽ばたく翔子

 翔子はこれまで、170点の屏風を作成しました。これは世界一の数だと思います。

ニューヨークで個展を開いたことがきっかけで、チェコのプラハ、シンガポール、ドバイ、ロシアのサンクトぺテルブルク等世界各地で個展が開かれました。何も知らない翔子と社会性のない私ですが、全て大成功です。徹子の部屋のプロデューサーに「金澤さんの後ろにはどんな大物がいるの?」と尋ねられましたが、私や翔子の後ろにはマネージャーもプロデューサーもいません。「来る仕事は一生懸命やろうね」これしか手立てはないのです。

 3年前、翔子はニューヨークの国連本部でスピーチをしました。各国から成人のダウン症の方が選ばれて、「家族の援護と自立に向けて」というテーマで話すのです。他の方は親や先生が付き添われていましたが、私は、翔子を一人で出すようお願いしました。翔子に亡くなった妹の白地に赤い花の着物を着せ、「翔子を守ってね」と祈って送り出しました。

 翔子は中央の席で、白い着物がライトに照り映え、オーラが光って見えました。何人かの方が、光っていると言われていました。「私は書家です。何度も間違えて、何度も泣きましたが、お母さまが最後まで教えてくれたので、ちゃんと最後まで書きました」と、拙い言葉でしたが、テーマに合った講演となり、拍手喝采を頂きました。私も翔子が背筋を伸ばし、前を向く姿に涙が止まりませんでした。

 30年前、ダウン症の告知を受けたときの日記に「今日、私は世界で一番悲しい母親だろう」と書きました。それが今、紆余曲折はありましたが、翔子が国連で立派に講演する姿を見て、「翔子、今日お母さまは世界一幸せだよ」と言えたのです。死のうとして死ねなかった私達が生き延びて、人生は何が待ち受けているか分からない。これまでの経験から、最後にこの言葉をお伝えします。

  「生きてさえいれば、絶望はない」    

(京都いのちの講演会より)

≪完結≫

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